2022/12/30
「ダンナさん脳梗塞で倒れる・5」


 失語症の為に、ダンナさん、転院して今度はリハビリテーション科に入院することになりました。
 転院の時、私は長谷川さんに送っていただきました。ありがとうございました。
「加圧ベルトと、ゴムチューブと、プロテインとビタミン剤を持って来てね」と言われていたので、しっかり持って行ってあげました。

 ダンナさんの担当の看護師さんは、男性で背の高いイケメンさんでした。受付まで迎えに来てくれて「では病室に行きましょう」
 と言って、そのイケメンさんが荷物を持とうとしたら、ダンナさんが全部の荷物をひょいと抱えてスタスタ歩き始めたので
「えっ?あっ、あっ、すごいですね」と言って慌てて追いかけて行きました。
 そうか、リハビリテーション科は、麻痺の人が多いから、こんなことはあまりないんですね。

 病室とは違う部屋で、お医者さんの説明を聞いたり書類を書いたりしていて、なんだかんだで、かなり長い時間がかかったのですが、その間に、先ほどのイケメン看護師さんがちょくちょく来て、目をキラキラさせながら
「今、ご主人の病室行ったら、腕をこんな風にベッドのところにおいて、こんな練習してました!あれは何ですか?」
「あー、それは、ディップスといって、上腕三頭筋を鍛えるトレーニングです。もう練習してますかー」
 はじめは笑顔で答えていた私。
 また来た時に
「片足をベッドにのせて、片足で、こんな風に屈んだりしてました!」
「ブルガリアンスクワットですね。大腿四頭筋を鍛えてます。キツいやつです」
 …また20分後くらいに
「ゴムチューブを使って、腕を動かしてます。こんな動きです!」
 私は真顔で、
「…それはローテータ・カフと言って…、いや、もう、主人は止まらないから、報告は大丈夫です…」

 ダンナさん、ここで2ヶ月ほど、言葉のリハビリを中心に行い、過ごすことになりました。
 緊急病院と違って電話もできるので、お互い時間を見つけて頻繁に電話しました。ダンナさんは言葉は非常にたどたどしくて、「えーと、えーと」と言いながらでしたが。

 

「今も毎日、言葉の勉強をしています」


 でも脳というのは不思議なもので、ある日、ダンナさんはティッシュペーパーが切れたらしく、売店で買った、というのを言おうとしたらしいのですが、ティッシュという言葉がなかなか出てこなくて、
 「あの…あれだ、拭く、やつ…箱に、入っていて…鼻を、拭いたり…、か、かんだり?えーと…」
 と、かなり苦戦して、
「そうだ、ティッシュだ!」
 とやっと出てきたのですが、その後に、私が
「本は読めるの?」と訊いたら
「うん、中村先生が、昨日、ね、春風亭、小朝、の本を貸してくれたの」
「ああ、落語家の?」「うん。あの」
 と言った後、非常にスムーズに、
「金髪豚野郎」
 と言ったので、思わず笑ってしまいました。
 ティッシュが出てこないのに、何故それがすぐ出てくる?

 しかしやはり病院の中ですから、ダンナさんの満足する練習環境にはほど遠いらしく、リハビリの中に朝の散歩、というメニューがあるらしいのですが
「これは何の為にやるのですか?」と看護師さんに訊いたら
「いやあ、江口さんでも運動は必要ですからねえ」と言われてびっくりして、私に電話で
「散歩だよー、ただの散歩。あんなの、運動なんかじゃない」と、不満タラタラでした。
 ちなみにその時びっくりしたダンナさんは看護師さんに
「これが、運動…。じゃあ、走ってもいいですか?」
と訊いたら
「…駄目です」と言われたらしいです。「なんでー」と、かなり不服そうでした。
 うーん、確かに、転倒するだの何だのを心配してるんでしょうけど、ダンナさんは受け身が取れるから大丈夫なんですけどね。

 後は、毎日の食事が足りないらしく
「どんどん痩せていく。肉が食べたい。タンパク質がない」
 と、悲しそうに言っていました。病院食ですからね…。結局ダンナさんは、この2ヶ月半の入院生活で、8キロも痩せてしまいました。
 ある程度トレーニングしてプロテインを取っているダンナさんがどんどん痩せていくのですから、他の患者さんはどれくらい痩せてしまうのでしょうか。
 ダンナさんはトレーニングしていたからまだマシな方で、できない人は間違いなく筋肉がガタ落ちする筈です。寝たきりなどになったら…。入院とは恐ろしいです。

 そんなダンナさんを、なだめたり励ましたり。毎朝毎晩、子供達とも電話で話して、日々は過ぎていきました。

 さてさて、このシリーズも長くなってしまいました。そろそろ終盤です。では次回!