2019/6/5
「ダンナさんの羽衣」


江口美幸です。 ある日、道場に入ったら、ダンナさんが飛んでました。



そう、実はうちのダンナさんは、天から来た天女様だったんです。22年程前のある日、天から羽衣着て降りて来て、羽衣をスクワットラックにかけて筋トレしていたのを私が見かけて、羽衣をこっそり隠してしまったんです。

トレーニングが終わった後、羽衣が無いことに気づいたダンナさんは慌てて「ない、ない」と探していましたが、そこで私が登場。私達夫婦の初めての出会いでした。私から告白しました。
「こんにちは!羽衣は私がもらいました。返して欲しかったら、私と結婚してください!」
「ええっ」

そして結婚して月日は流れ、ダンナさんの天界のパワーで、私は世界大会で優勝(絶対に内緒)。私の計算通りでした。子供も2人できました。

「そろそろ羽衣、返してくれない?」「あー、今、テレビ面白いから後で」「羽衣…」「お腹が痛くなっちゃった。横になる」とか誤魔化し続けて20数年。やはり最近、天界が恋しくなってきたのでしょうか。

「飛んでるねー、どうしたの」「いや羽衣がないからこれしか飛べないよ。でもたまに飛んでおかないと飛び方忘れちゃうから」「ふーん」「あのさー、そろそろ羽衣返して欲しいんだけど」「あら、まだ覚えてたの?あっいけない、仕事始まる!」とまた誤魔化してダッシュでその場を立ち去る私。でもさすがにダンナさんが少しかわいそうになりました。

どうしよう…羽衣返そうか。でも返したらダンナさん天界に帰っちゃう。そしたらダンナさんの作る美味しい料理が食べられない。今、半分に分担している家事も全部やらなきゃいけない。それはすごく嫌だ。
でももう長く隠し過ぎたな。っていうか、私がいつも巻いてる緑色のストールがそうなんだけど。ダンナさん全然気が付いてないんだよね、目の前で巻いてても。うーん…。

悩んだ挙句、ダンナさんに一度返すことにしました。
「はい」「えっ、何?ストール…あっ、俺の羽衣!」「うん、染めたんだけど」「全然気づかなかったー」
ダンナさんが羽衣を自分の身体にかけると、ふわふわとダンナさんは空中に浮きました。
私は慌てて「あっ!指導と練習、どうすんの」「その時に降りてくるー」「そうか。じゃあ安心…あっ、行っちゃった」
あっさりと行ってしまったダンナさん。
私はその夜にお布団の中で、今までダンナさんが作った料理と、これからの家事の大変さを思い、さめざめと泣きました。

次の日の朝、私が仕事に行くと、もうダンナさんは道場で練習していました。練習と指導で帰って来るってことは毎日帰ってくるってことなので、正直、全く寂しくはないです。でもなー…家事がなあ…。料理作ってから帰ってくれないかなあ。

私が「おはよ。どうだった?」と声をかけたらダンナさんは「あっ!おはよ」と言って走って近づいて来て「はい、これあげる。やっぱりいいや」
ダンナさんが差し出したのは、私が緑色に染めた、ダンナさんの羽衣でした。
「えっ!いらないの?天界に帰らないの?」
「うん、一回帰ったんだけどさ、思い出したんだけど俺、あっちの世界に全然合わなくて、しょっちゅう降りて来てトレーニングしてたんだよね。あっちって、価値があるのが音楽だけなんだよ」「ああ、平等院鳳凰堂の壁にあるやつ?そういえばみんな楽器演奏してるね」
「俺、究極の音痴じゃん?劣等生だったのよ。降りてきて、やっと居場所を見つけたんだよね」「えっ…じゃあ…」
「うん。もう、ずっとここに居る」
「やったー!」
私は嬉しくて、思わず抱きついてしまいました。笑顔のダンナさん。そして私は言いました。
「…ねえ」「うん?」
「…今晩、ご飯作ってくれ!」
ダンナさんは親指を立て「オッケー!」と言ってくれました。

こうしてダンナさんは、その夜に美味しい蒸し鶏を作ってくれ、これからずっと国分寺にいることになったのでした。めでたしめでたし。とっぴんぱらりの、ぷー(市原悦子さん風)。


物語の元となった、ダンナさんの飛んでる写真を提供してくれたのは、オレンジ帯の遠藤さんの奥様です。ありがとうございました!