2013/7/23





 フランスに住んでいる兄が、この間、休暇を取って久しぶりに日本に帰ってきました。
 ちなみにフランスでは、2,3回転職するの当たり前なんですが、一つの会社に勤めて2年たつと、一カ月間、休暇をまとめて取ることができるらしく、兄もいつも日本に帰ってくるときは、その一カ月間の休暇を取ってやってきます。
 初めてその話を聞いたときは、へえっ、いいなあと思ったのですが、しかしよく考えてみると、雇う側としてみたらやってられない話で、例えばうちの職員になって2年の新人の誰かが、「すいません、来月一ヶ月間休みます」と言ったら、うちのダンナさん、ぶっ飛ばしちゃうでしょうし、最近、ニュースでEUの経済危機をさかんに報道するたびに、うーん、一ヶ月も休み取ってるからじゃなかろうか・・・そんなでも、ヨーロッパの中ではフランスはまだ働く方だっていうんだから、他の国って、どんなだ?そりゃ没落するわ・・・とか色々考えてしまいます。
 で、最後には、まあ、日本人は毎日真面目に働こうっと・・・と、自分なりにうんうんと納得して、せっせと働くようになるのです。

 で、この間、大きなカバンを持って、彼は東京にやってきまして、元気か、子供達はどうか、うん皆元気で大きくなった、などと一通り挨拶をした後、急に、
 「あのさー、いきなり変なこと聞いて悪いんだけど」
 「ん?」
 「日本語でさあ、眠っていないのに、さも眠っているような演技をすること、動物に絡めた言葉で、なんかなかったっけ。多分、タヌキ」
 「え?」  
私はとまどいながらも、「狸寝入り、のこと?」と言いました。
 その瞬間、兄は「そうだ!狸寝入りだ!」とポンと手を打ち、「そうだよー、狸寝入りだよー、俺はそれが言いたかったんだよー、くっそおー」と一人で悔しがっています。
 どうしたの?ときくと・・・東京に来る前に、山陰に旅行に行って来て、そのままうちに来たのですが、その東京に向かう新幹線の中でに変な人が後ろの座席にいたらしいのです。  
兄が新幹線に乗り荷物を棚に上げ、シートに座り、リクライニングにしようかと、後ろの座席を見て、誰かがいないかと一応確かめ、真後ろには誰もいなかったので、ボタンを押して座席を倒すと、急に、その横に座っていた人・・・つまり、兄の斜め後ろに座っていた人が、「いてっ!」と言って「おいっ!」と兄に怒鳴ったらしいのです。
 兄が驚いて振り向くと、「痛いよ!」と言うのでその人の足を見ると、思い切り横座り、というか、足を組んで、斜めに座っていたらしく、倒した椅子が、その人(会社の重役風のおじさんだったらしいのですが)の足に当たったらしいのです。
 「ああ、すみません」と、兄が言うと、そいつは、ちっ、と舌うちをし、「痛いんだよおー」と、とても嫌な言い方をしたらしいのです。
 ・・・私の兄は、確かに、とても弱そうな外見をしていますし、実際に弱い・・・。背も小さいし、あんなバターをたくさん使う国で毎日食事をしているから、最近、ポチャポチャです。
 しかし!なんと言っても、自己主張が強すぎ、角を立てない、なんて文化がない人達の中で生活しているものですから、とにかく、相手が攻撃してきたら即座に噛みつき返す!という精神性はしっかり確立しているわけです。
 「おい!おまえ!」兄はその男に向かって怒鳴りました。
 「お前がそんな風に座っているからいけないんだろうが。俺は悪くないのにすみませんって言ってやったんだぞ!それでお前のその言い方は何だ?お前が謝れよ!」と、その瞬間にまくしたててやったそうです。

 「おー、そごい」とそれを聞いた私は「で、そいつはどうしたの?」と聞きました。
 「そしたらね、そいつ、びっくりした顔したんだけど、やばい、って思ったらしくて、いきなり横を向いて、「すー」って、寝始めたの。本当に、いきなり。もう、そのときはもう可笑しくて。で、俺はその寝てるふりしてるそいつに向かって、「おいおい、下手くそな狸寝入りしてんじゃねえぞ!」って笑って言いたかったんだよ!
 でも言おうと思ったら、その「狸寝入り」が出てこなくって、「おいおい・・・」でぐっと詰まっちゃったの。
 (えっと・・・えっと・・・あれ?なんだったかな?)兄は、必死で考えました。(狸・・・狸寝。いや、違う気がする。狸睡眠?いや、違う。なんだっけ。狸、狸・・・)兄は、ぎゅっと目をつぶっているそのおじさんの顔をじっと見つめていましたが、喉に何かがつまったまま沈黙が続き、完全にタイミングをはずしてしまった・・・と悟り、仕方なく前を向いて、一生懸命に思い出そうとしたそうです。
 「(えーと、えーと、狸話・・・違う、狸太鼓、いや違う、ああ、思い出せない)そのうち混乱しちゃって、(狸だったかな?狐だったような気もする・・・いや、もしかして、猫だったかも)とか、そっちの方に行っちゃったら、もう全然分からなくなっちゃってさ」「たぬき、きつね、ねこ・・・お兄ちゃん、それ、しりとり」
 私が言うと、兄ははっとした顔をして、「ああ!そうか」と恥ずかしそうに言いました。そして、「うーん、あの時に、俺が狸寝入りしてんじゃねえ、って言って、せせら笑って終わりたかったのに。それが思い出せないばっかりに。悔しい」と言っていました。
 「で、そいつはどうしたの?」「ああ、途中で何度かちらっと見たんだけど、ずーっと、ぎゅっと目をつぶってた。でも名古屋あたりの駅で、急に目をぱっと開けて、急がなきゃ!とか聞えよがしに言って、ダッシュで降りていっちゃった。でもねえ、俺はそいつの走ってる後ろ姿を見ながら、まだ、(なんだっけなあ、狸…狐・・・)って、考えてたよ」
 私は笑いましたが、まあ、兄は日本を離れて20数年。その間ずっと「狸寝入り」という言葉を聞きもせず、使いもしなかったら、やはり、忘れてしまうものなのでしょう。
 「でもさあ、なんで狸寝入り、なのかなあ。その状態を表すのだったら、狸寝かた、とか、でもいいよねえ」「知らんがな・・・」

 という事で、兄は日本語に少し苦労しているのですが、私は今、タイ語に奮闘しています。分かる人はわかると思うのですが、タイ語で「お願いですから冷房を入れてください」とか「日本では、熱中症は大変怖いものです」とか、タイ語で説明できるようにならないといけない!頑張ります。